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石巻市のありがとうハウスの尾形さん


2月6日、7日と山形感動ハウスでの社員研修(HIT基礎訓練)応援のため
今年2度目の山形に出かけてきました。
当社新築部門で頑張ってくれている、御子柴・長嶺さんの両名が
3日から5日間、雪積もる山形の「協同の杜JA研修所」にての研修
結果の共有を図るためでした。
涙々の5日ぶりの再会で、我ながら彼女たちの変わり様を見ました。

人は変わることが出来る。と、よく云われますが、本当に「一つの一回の
経験が人生を変えた。」瞬間でした。
私自身も改めてフレッシュな気持ちを持ち直して、精進しようと思い直した
瞬間でもありました。

今回も大阪の福田経営研究所の福田卓二先生の熱心な指導に、心から感謝
々々でした。ありがとうございます。

さて研修も終わり2人を乗せ、名古屋への帰路仙台空港のフライト時間に
三時間余の時間があったので、今回大震災で壊滅的な被害を受けた石巻市
に行くことを思いつき、善は急げと早速レンタカーを空港とは逆方向に
走らせました。

7日は雪もなく、本当に順調に行くことができました。
8日の今日土曜日は大府も雪だらけで荒れましたが、本当に昨日でよかったです。

仙台空港から約50kmの地にある初めての石巻市でした。74名の児童、10人の
教職員が亡くなった悲劇の石巻市立大山小学校がよく知られていますが、
地図もカーナビ頼りに、予備知識や全く地理感のないまま車を石巻市街に向け
走らせました。

今でも道路は災害復旧の大型ダンプが行き交い、街の瓦礫こそ見られませんが
家も何もなくなってしまった被災地とすぐにわかる、門脇地区に着きました。
この辺りは北上川を遡った津波で甚大な被害を受けた地であることが直に
わかりました。

広大な旧住宅地に壊れている建物は3軒、4軒しか見当たらないのです。
逆に何故建物が残っているかが不思議になり、近くで仕事をしている方に
どうして?と聞いたら、住んでいた方が亡くなってしまい、身寄りがなく
今のところ壊せない家だという事でした。
新築後3,4年程しか経っていない家に思われました。

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近くには、上の写真の鎮魂のお地蔵様や頑張るぞ石巻という記念碑があり、6.9mの
津波の高さを示す表示塔が、恐怖感を抱かせました。


そうこう見ていると、その場所の向かいにある壊された鉄骨の遺構と、木造の
仮設小屋が見え、そこのカーテンから私たちを見ている人を見つけました。
そこには「ありがとうハウス」という横断幕がかかっていました。

早速私たち3人はその場に行き、そこで津波被害を語り続ける尾形さんと
出合いました。
人懐っこい方で、元中華料理店を営んでいたという優しいおじさん
(私もおじさんいや、おじいさんです。忘れていました。ごめんなさい)

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彼のことは石巻市ありがとうハウスと検索すると、たちどころにヒットする
超有名人でありました。
毎日あったことなど Face book にアップしている方で、今回の被害を語り継ぐ
語り部の方です。
B-1グランプリで6位入賞という、石巻焼きそばを焼いて、トラックで移動販売
をしたりしている方でもありました。

奥様も未だ行方不明とのこと。本人も死と直面し、辛い思い出を通し、災害を風化
させないよう、一人この地に残り頑張っているとのこと。

 s-DSC01321.jpg


本当に話を聞きながら、紙一重で生きているという尾形さんの話しを聞き、貴重な
体験をさせて頂きました。

こうして大府に戻り、本棚にある「2011.3.11大震災  巨大津波が襲った」という
河北新報社の報道写真集の中のこの地の写真を見、涙が止まりませんでした。
 
もし石巻の尾形さんに関心がある方がお見えでしたら、是非ネット検索して、
いろいろな方との出会いから、活動されている姿をご覧になってください。
私も早速お会いしたことを紹介して頂いていました。

仮設住宅にお住まいとのことでしたが、いつまでもお元気でご活躍されることを
心よりお祈りいたしております。

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